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「理由のない落ち込みが来たとき、私がしていること」

病気と生きる技術

朝起きた瞬間から、気分が重い。
体は動くけど、気持ちがついてこない。
昨日まで元気だったはずなのに、今日はなぜかすべてがしんどく感じる——
そんな「理由のわからない落ち込み」は、定期的にやってきます。

病気とつきあっていると、そういう日もある。
だから私は、「原因を探さない」過ごし方を選ぶようにしています。


気分の理由は、いつも分かるとは限らない

最初の頃は、気分が落ちた理由を必死に探していました。
「何か嫌なことがあったのかも」
「人との会話で無理してたのかも」
でも、原因が見つからないときもあります。

そういうときは、“理由がなくても落ち込む日がある”と受け入れるだけで、少し気持ちがラクになります。


落ち込んでいる自分に、あえて何もしない

気分が沈んでいる日は、あれこれ動いて気を紛らわせたくなるけれど、
私は逆に「何もしない」と決めて休むようにしています。

体を横にする。
スマホは見ない。
静かな音楽を流す。

できるだけ“外からの刺激”を減らして、心が戻ってくるのを待つ。
嵐が通りすぎるのを、黙って待つような感覚です。


落ち込みそのものを“否定しない”

「また落ち込んでる」「どうして元気になれないんだ」と責めたくなることもあります。
でも、落ち込んでいる状態は悪ではない。
むしろ、「今の心と体のバランスを守ろうとしている」のかもしれない。

そう思えるようになってから、落ち込みが来ても“敵”だとは感じなくなりました。


理由のない落ち込みは、病気とともにある暮らしでは、珍しいことではありません。
それと無理に戦わず、通り過ぎるのを待つ技術も、少しずつ身につけていけたら——
そう思って、今日も静かに過ごしています。

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