たとえば、障害者手帳を持っていればバス代が無料になる――
そんな情報を知っていた人と、知らなかった人では、1年でどれくらい生活に差が出るでしょうか。
月に5,000円の交通費がかかっていたとしたら、1年で6万円。
この6万円が「浮いた」と考えるのと、「どうしても足りない」と悩むのとでは、
日々の暮らしの気持ちにも、大きな差が生まれます。
でも、問題は“制度の中身”じゃなくて、“制度の存在を知らないこと”なんです。
目次
「救いは用意されていた」けど、誰も教えてくれなかった
私自身、障害者手帳をとったあと、
「えっ、こんなに使える制度があるの?」と驚くことばかりでした。
通院費の助成、就労支援、割引や減免、そして場合によっては年金。
調べてみればある。
でも、誰も教えてくれなければ、そもそも調べることすら思いつかない。
「制度はある」
「でも、知らない人は使えない」
これが、いちばん根深い格差なんだと思います。
制度を「使える人」と「使えない人」のあいだにあるもの
制度は、情報にアクセスできる人だけが“得”をする世界です。
たまたま支援員さんに親切な人がいて、教えてくれた
たまたま検索したときに、信頼できるサイトに出会えた
たまたまSNSで誰かの体験談を読んだ
――そんな偶然がなければ、今も私は制度の存在を知らずに生きていたかもしれません。
情報を得られる人と、そうでない人。
制度は、その「知識の差」によって、実際の支援効果に大きな偏りを生んでしまう。
「声をあげられない人」のために、自分ができること
私はいま、制度の情報を少しずつ発信する側になろうとしています。
ブログやnoteで、制度の存在を“当事者の言葉”で伝えること。
それは、私にとって「誰かの6万円を守る」ことかもしれないと思っています。
制度を知ったからこそ、制度の恩恵を受けられたからこそ、
「知らなかった自分のような人」に伝えたい。
知ることで、変わる人生がある。
それを体感したからこそ、これからも発信していきたいと思っています。
まとめ:制度は“調べた人だけが救われる”のが、今の現実
本当は、誰にでも平等に届いてほしい。
でも現実には、情報にたどり着けた人だけが「使える人」になってしまっている。
だから私は、こう思います。
「自分が知ってよかった」と思えた制度は、次の誰かにも渡していきたい。
そうやって、“生き抜く知恵”を少しずつ共有していくことが、
この社会で支えあって生きるということかもしれません。
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